2021年7月22日木曜日

澤田瞳子さん 第165回直木賞受賞

 文化史学出身の澤田瞳子さん(2000年卒・2003年院博士課程前期修了)は、『星落ちて、なお』で、第165回直木賞を受賞されました。嬉しい限りです。文化史学卒業生の直木賞受賞は、第158回『銀河鉄道の父』の門井慶喜さん(1994年卒)に続いて二人目です。

 受賞作の『星落ちて、なお』、画鬼と呼ばれた河鍋暁斎の娘とよ(暁翠)の、明治から大正にかけての数奇な人生を描いた作品です。そこには腹違いの兄周三郎との生き方の違い、葛藤、父を援助した人々のその後の様々な人生等々が描かれています。

 当日の受賞記者会見、第一声は「ぽかんとしています」。いかにも彼女らしい発言です。師と仰ぐ葉室麟さんと同じく、5回目での受賞は、極めて嬉しいことだったに違いありません。

「現代(今)を描きたい、一番今に近い主人公の作品で受賞したことは嬉しい」、とも。

「この世に起きるどのようなことも小説の材料となりうる」との作家魂を、今後も変わらず持ち続けていってほしいと思いました。

 彼女は既に多くの歴史小説を発表していますが、そこには一つの共通点があると思います。極めて真面目に対象を捉えつつ、大上段には振りかぶらず、その時代を生きた主人公とそれを取り巻く人々の生き方を丁寧に描きつつ、今を生きている読者(私たち)に、その生きる姿勢・方向性の一端を示している、あるいは問いかけている点にあると感じます。

 澤田瞳子さんの作品は、人が生きてゆく中で遭遇する沢山の苦悩、困難に対して、何かある慰めを与えてくれます。それぞれの作品が、単純にハッピーエンドに終わるはずもないのですが、でも読むごとに必ず、どこかホッとする柔らかさ、じわっと来る充実感が溢れます。

 結果として、直木賞受賞作品は『若冲』ではなく、同じように画家を主人公としつつ、河鍋暁斎の娘、暁翠を主人公とする『星落ちて、なお』となりましたが、作品には一貫してブレない基本線が流れています。さらに言えば、基本は同じでありつつ、幅と深さが一段と拡大・深化したと痛感します。

時代として、古くは讃良大王(持統天皇)を主人公とした『日輪の賦』に対し、『星落ちて、なお』は、一番今に近い作品です。今後、現在をも含みつつ、しかし、時代と場所に限定せず、「読者一人ひとりのそれぞれの今」に思いを馳せる作品が次々に登場することを楽しみに待ちます。益々のご活躍を期待しつつ。

                                (太田信幸)